大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(ワ)21928号 判決 1996年3月15日

主文

一  被告は、原告に対し、原告から金八〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録二記載の建物を明け渡せ。

二  被告は、原告に対し、平成五年六月一八日から前項の建物明渡ずみまで毎月末日限り金二四万四〇〇〇円及び各金員に対する各翌月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告の主位的請求及び第一次予備的請求並びに第二次予備的請求のうちその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

(主位的請求)

1 被告は、原告に対し、別紙物件目録二記載の建物を明け渡せ。

2 被告は、原告に対し、金五四七万二〇〇〇円及びこれに対する平成四年一二月一八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3 被告は、原告に対し、平成四年一二月一八日から1の建物明渡ずみまで毎月末日限り金三七万六〇〇〇円及び各金員に対する各翌月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

(予備的請求-第一次)

1 被告は、原告に対し、原告から金一三〇万円又は裁判所が相当と認める金員の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録二記載の建物を明け渡せ。

2 被告は、原告に対し、金五四七万二〇〇〇円及びこれに対する平成四年一二月一八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3 被告は、原告に対し、平成四年一二月一八日から別紙物件目録二記載の建物の明渡ずみまで毎月末日限り金三七万六〇〇〇円及び各金員に対する各翌月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

(予備的請求-第二次)

1 被告は、原告に対し、原告から金五〇〇万円又は裁判所が相当と認める金員の支払を受けるのと引換えに、別紙物件目録二記載の建物を明け渡せ。

2 被告は、原告に対し、金五四七万二〇〇〇円及びこれに対する平成四年一二月一八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3 被告は、原告に対し、平成四年一二月一八日から別紙物件目録二記載の建物の明渡ずみまで毎月末日限り金三七万六〇〇〇円及び各金員に対する各翌月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、別紙物件目録一記載の建物(以下「原告区分建物」)を所有し、その一部である同目録二記載の建物(以下「本件建物」)を賃貸している原告が、これを賃借している被告に対し、建物の老朽化等による建替えの必要性、自己使用の必要性等の正当事由があるとして賃貸借契約の更新を拒絶し、賃貸借契約の終了に基づき、本件建物の明渡し及び契約終了日の翌日からの遅延損害金等の支払を求めるとともに、予備的に、立退料の支払(金額につき二段階を主張)と引換えの本件建物の明渡し及び契約終了日の翌日からの遅延損害金等の支払を求めた事案である。

一  基礎となる事実(証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない)

1 株式会社斉藤ビル(以下「斉藤ビル」)は、被告に対し、昭和四三年一一月、本件建物を賃貸し、被告は、これを賃借した。

2 原告は、斉藤ビルから、昭和五六年三月一七日、原告区分建物を買い受けた。

3 原告は、被告との間において、昭和五六年三月四日、本件建物について次の約定の賃貸借契約を締結した。

(一) 賃貸借期間 同日から昭和五七年一〇月三一日まで

(二) 賃料 一か月一〇万三〇〇〇円

4 3の賃貸借契約は、昭和五七年、昭和五九年、昭和六一年にそれぞれ賃貸借期間を二年として更新され、昭和六三年にも次の約定で更新された。

(一) 賃貸借期間 昭和六三年一一月一日から昭和六五年(平成二年)一〇月三一日まで

(二) 賃料 一か月一五万二〇〇〇円

5 原告は、被告に対し、平成二年二月五日、賃貸借契約の更新を拒絶した(被告は、初め右事実を認めたが、その後、自白を撤回して否認し、原告は、自白の撤回に異議を述べた。しかし、《証拠略》によれば、原告が被告に対し平成二年二月五日に賃貸借契約の更新を拒絶する旨の記載がある書面を交付したことが認められる一方、原告が賃貸借契約の更新を拒絶していないとの事実を認めるに足りる証拠はなく、右自白が真実に反するとの立証はないのであるから、被告の自白の撤回は理由がなく、許されない)。

6 被告は、平成二年一一月一日以降も、本件建物の使用を継続している。

7(一) 原告は、賃貸借契約の更新拒絶の正当事由を補完するため、平成五年九月一〇日に送達された訴変更の申立書で、一三〇万円又は裁判所が相当と認める金員の立退料を提供する旨申し出た。

(二) 原告は、賃貸借契約の更新拒絶の正当事由を補完するため、平成六年一二月二日に送達された訴変更の申立書で、五〇〇万円又は裁判所が相当と認める金員の立退料を提供する旨申し出た。

8 3の賃貸借契約には、「被告が契約終了と同時に本件建物を明け渡さないときは、契約終了の日の翌日から明渡完了に至るまで賃料相当額の一・五倍の損害金及び諸費用相当額を原告に支払う」旨の約定がある。

二  争点

1 賃貸借契約の法定更新

(被告の主張)

一・6のとおり、被告は、本件建物の使用を継続している。

なお、原告は、被告に対し、平成二年一〇月に同年一一月分の賃料、管理費等の支払を請求し、被告は、同年一〇月三一日、右賃料等を支払った。

(原告の主張)

原告は、被告に対し、平成二年一一月初め、賃料相当損害金を請求する旨の請求書を送付し、その直後、右請求書の記載内容等を問い合わせてきた被告代表者に対し、賃貸借契約は終了したので賃料は受け取れないが、被告が立ち退かない限り損害金の支払を請求する旨説明した。

また、原告は、被告に対し、同月以降、本件建物の明渡しの交渉をしており、被告の本件建物の使用継続につき異議を述べている。

2 更新拒絶の正当事由の存在(原告の主張)

原告の一・5の更新拒絶には、次のとおり正当事由が存する。

(一) 原告区分建物を含む別紙物件目録一記載の一棟の建物(以下「本件全体建物」)は、昭和四三年一一月に建築されたもので、外壁の傷みが甚だしく、各所にひびが入って雨漏りを生じ、エレベーターや各種配管設備も老朽化して使用を継続することが危険をもたらす状態になっている。

(二) 本件全体建物は、南側道路から約四メートル引っ込んで建築されているが、本件全体建物の建築後、古建物の存する地域の容積率が高く変更されていることから、現在の建物では、敷地の利用を十分に図っているとはいえない。

(三) (一)、(二)の事情から、本件全体建物の存する土地の有効利用のためには、本件全体建物を全面的に建て替える必要がある。

本件全体建物のうち原告区分建物以外の部分(以下「番町スカイマンション」)の共有者も、本件全体建物の建替えに同意しており、また、原告区分建物の被告以外の賃借人は、建替えの必要性を認めて平成四年一二月までに各賃借部分を明け渡している。

(四) 原告は、従業員の増加に伴い、所有する既存のビルではこれを十分に収容できないため、平成四年六月には、東京都中野区中央にオフィスビル(三七〇・八三坪)を新たに賃借した。

本件全体建物は、原告の本店所在地にほど近く、本店業務を分担させるに適した場所にあるので、建替後のビルは、原告の社屋として使用する計画である。

(五) 本件全体建物の存する地域では、平成二年当時から、オフィスビルが林立し、常時近隣に好みのオフィスを賃借できる状況にあるから、被告が他の物件を見つけて移転することは容易であり、移転は被告の営業に支障を与えるものではない。

(六) 原告は、被告に対し、平成四年二月、立退料として四〇〇〇万円を支払うことを提示したが、被告はこれを拒絶し、原告は、同年八月、本件全体建物に近接する場所にあり、床面積も本件建物に見合った事務所用物件二つを示し、被告が望む方を原告が手当てして賃貸する旨提案したが、被告はこれも拒絶した。

(被告の主張)

(一) 被告は、各種OA事務機器の販売、コンサルティングから発送までの独自の顧客管理システム業務を営んでいるところ、前者の業務にあっては、千代田区、新宿区、中央区を領域としてファクシミリ、コピー機、ワープロ等の消耗品、付属品の販売代理店となっており、とりわけ、千代田区番町、麹町、永田町、平河町、九段の事業所からの受注が多いため、注文があれば即時対応できる態勢を維持しておく必要上、本件建物が必要である。

また、後者の業務にあっては、被告は、ダイレクトメールの企画、立案、発送代行等を行っているが、ダイレクトメールの発送郵便局が千代田区「麹町郵便局」であることが販売主の信用度を増し、このため、被告に業務を依頼してくる固定客も多い。さらに、カタログ等の印刷物は印刷屋から運ばれてくることが多いが、本件建物の付近には印刷屋が集中しているため、本件建物は、発送期間の短縮、運搬のための時間の短縮と経費の節減に役立っている。

(二) 海外の会社と取引をするには、会社の所在地が「千代田区麹町界隈」であるということが重要である。

(三) 長年にわたって同一場所で営業を継続してきたことは、会社の信用度を増す働きをしている。

本件建物は、昭和四三年一一月以来、被告の事業の基盤をなしてきたのであり、他への移転は企業の存亡にかかわる。

(四) マンションへの移転では、建物内に、本件建物内に設置している紙折機(騒音を発する)を設置することができず、道路づけが悪い建物では、荷物の搬出入が極めて困難であり、移転すれば賃料が高額になるので、他への移転は不可能である。

(五) 番町スカイマンションの一階には、三協資材印刷株式会社と望月敏一(望月会計事務所)の賃借人がいるところ、両者は賃貸借契約を継続しており、本件全体建物の建替えは、原告のみの計画にすぎない。

(六) 原告は、原告区分建物のほか、新宿Kビル、五反田Kビル、三番町Kビル、トゥモロープラザビル、仙台ビルその他面積にして三万七八一一平方メートルに及ぶ莫大な貸ビルを有しており、そのうち、新宿Kビルは株式会社北海道拓殖銀行外に、五反田Kビルは株式会社大和銀行外に、三番町Kビルは株式会社平凡社外に賃貸している。

さらに、原告は、平成三年一二月、東京都千代田区《番地略》に鉄筋コンクリート造陸屋根四階建のビルを新築したが、これも全部他社に賃貸している。

したがって、原告は、原告区分建物を自ら使用するのではなく、賃貸ビルとして使用する目的を有している。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

《証拠略》によれば、平成二年一一月初めころ、原告から被告に対し、同年一二月分の「賃料相当損害金」を請求する旨の請求書が郵送されたこと、そのため、被告は、同年一一月二八日、原告名義の銀行口座に振り込む方法はとらず、法務局に「原告が賃料の受領を拒否している」として賃料額に相当する金員を供託したことが認められる。

右によれば、原告は、被告に対し、賃料の受領を拒否、すなわち、賃貸借契約の終了を示し、被告も、原告の右意思を認識したということができる。

また、《証拠略》によれば、池田秋俊(以下「池田」)は、原告の担当者として、平成二年九月ころから継続して、被告代表者に対し、本件建物の明渡しを請求し、明渡しの条件について交渉していたことが認められるから、同年一一月中にも、池田と被告代表者が、本件建物の明渡しについて話し合ったことが推認される。

したがって、原告は、被告に対し、平成二年一一月一日以降、被告の本件建物の使用継続につき遅滞なく異議を述べたと認めることができる。

そうすると、平成二年二月五日の更新拒絶に正当事由が認められる限りは、被告の法定更新の主張は理由がなく、一方、右更新拒絶に正当事由が認められない以上は、同年一一月一日をもって、原、被告間の本件建物の賃貸借契約は、期間の定めがないものとして更新されたというべきである。

二  争点2について

1 原告は、「貸ビル」のような営業用建物の賃貸借契約には、借家法の適用はない旨又は同法の「正当事由」の規定の適用はない旨主張するが、右は、同法の明文の規定に反するものであり、原告の主張は採用することができない。

2 そこで、正当事由の存否につき判断するに、原告は、平成二年二月五日に賃貸借契約の更新を拒絶しているが、右時期に正当事由が認められないとしても、原告の本件訴えの提起(訴えの提起は平成四年一二月一〇日、被告に対する訴状の送達は同月一七日である)及び維持は、借家法三条の解約の申入れとみることができるから、平成二年二月五日以降本件口頭弁論終結時までの事情を検討することとする。

なお、原、被告双方も、平成二年二月五日以降本件口頭弁論終結時までの事情をそれぞれ主張するところである。

3 次の各証拠によれば、本件全体建物の老朽化の程度、原告の本件全体建物建替えの必要性、原告の建物使用の必要性、被告の本件建物使用の必要性、本件全体建物の近隣の貸ビルの状況、原、被告間の明渡交渉の経緯について、次の各事実が認められる。

(一) 本件全体建物の老朽化の程度

本件全体建物は、昭和四三年一一月に、当時斉藤ビルが所有していた東京都千代田区《中略》一〇番六の土地(以下「一〇番六土地」)とその北側の明石寿(以下「明石」)、桜井正治(以下「桜井」)及び株式会社草土文化(以下「草土文化」)が共有していた同所一〇番八の土地(以下「一〇番八土地」)にまたがって建築された鉄筋コンクリート造陸屋根八階建てのビルであり、斉藤ビルが所有していた原告区分建物は、六階建てでほぼ一〇番六土地の上に建っており、各部屋が事務所として使用され、明石らが区分所有した番町スカイマンションは、八階建てでほぼ一〇番八土地の上に建っており、一部が事務所、一部が住居として使用されていた。

本件全体建物については、十分な保守管理がされていないため、平成五年一〇月の時点で、<1>外壁、塔屋に時間経過による汚れ、浮き、ひび割れ、はらみ、錆水付着、白華があり、<2>玄関回りの庇部分の金属は腐食し、<3>犬走りのモルタルは破損し、雑草が生え、<4>樋や配管に経年の破損や錆による腐食があり、その地盤部分の被覆及び補強には不備があり、<5>屋上の床にかなりのひび割れがあり、<六>内部のエレベーターホールや階段の壁に多くのひび割れ、塗装された表面部分のはがれ、浮きがあることが確認され、これらの状態は、数年前から同様であった。

また、本件全体建物の建築後、建築基準法等の法規が改正され、通信機器やOA機器が発達したため、平成六年八月の時点では、現在の法規に照らすと、<1>避難階段を設置する必要があり、<2>エレベーター設備について、防火区画を設け、地震発生時の保安装置を設置する必要があり、<3>斉藤ビルの各階ごとに二か所ずつ異方向に避難口を設ける必要があり、<4>現存の地下受水槽に代え、六面点検が可能な受水槽を地上に設置し、現存の高架水槽も六面点検が可能な構造のものにする必要があるうえ、現在新築されるビルに比較すると、<1>給排水用の配管設備を適切なものと取り替える必要があり、<2>空調設備、事務用・通信用機器が十分に作動しうるよう、必要な電気容量を確保するための設備を設ける必要があった。

しかし、本件全体建物の雨漏りについては、これを認めるに足りる客観的な証拠はなく、先に指摘した以外に本件全体建物の構造的部分が老朽化し、修繕が困難である、又は修繕に莫大な費用がかかると認めるに足りる証拠もない。

そうすると、本件全体建物の老朽化は、保守管理が十分でなかったことにより経年変化が著しいということと、現行法規に適合させるにはかなりの改修を必要とするということに帰するというべきである。

(二) 原告の本件全体建物建替えの必要性

(1) 本件全体建物は南側(原告区分建物の南側)が公道に接するところ、平成元年一〇月の千代田区の地域地区指定の見直しにより、一〇番六土地の約八四パーセントが住居地域から商業地域となり、容積率は六〇〇パーセントに、建ぺい率は八〇パーセントに増加した。なお、一〇番六土地の残りの部分及び一〇番八土地は住居地域(容積率は四〇〇パーセント、建ぺい率は六〇パーセント)のままであった。

右のような地域地区指定の変更は昭和六三年六月には想定されたため、原告は、そのころから、一〇番六土地の有効利用のために本件全体建物を建て替えることを計画し、昭和六三年中には、一〇番八土地の共有者で番町スカイマンションの区分所有者である明石、桜井及び草土文化の同意を得た。

さらに、一〇番八土地の西側の土地の所有者である林源吾らも建物の建替えを計画していたため、林源吾らとの間でも共同してビルを建築することを協議し、昭和六四年一月六日には、原告、明石、桜井、草土文化及び林源吾らの間で、林源吾らが計画し所有する予定建物の工事を第一期工事、原告らが計画し所有する予定建物の工事を第二期工事として、建築費等はそれぞれの負担とする、建築確認の提出前に相手方の承認を得て確認を受ける、各工事により生じる日照、通風、騒音等について互いに迷惑料等を請求しない等を定めた「(仮称)五番町共同ビル基本協定書」(以下「建替協定書」)が締結された。

(2) その後、林源吾らが建築する建物を含めた本件全体建物の建替図面が作成されたが、本件全体建物の建替後のビルは、全体を八階建てとし、原告が二階から五階までの各階を事務所として使用し、明石らが一階を事務所、六階から八階までの各階を住居等として使用する計画となっていた。

(3) 原告は、建替協定書の締結後、平成二年初めころから、原告区分建物の賃借人と賃貸部分の明渡しの交渉を行い、平成四年一二月までには、被告以外の賃借人五者は、各賃借部分を明け渡した。

また、原告は、建替協定書の締結後、草土文化から、番町スカイマンションに関する同社の権利を取得した。

原告は、明渡しを得た部分について、原告の関連会社に使用させたり、道路工事の一時的な資材置場として使用させたりしていたが、平成六年八月からは、原告区分建物の二、三、五、六の各階及び番町スカイマンションの二、四の各階(草土文化から取得した分)を子会社又は関連会社に一時使用と定めて賃貸している。

(4) 林源吾は平成元年七月に死亡したが、その相続人が計画を引き継ぎ、平成三年九月に建替工事に着手し、平成五年一一月に新しい建物が完成した。

(5) 明石は、番町スカイマンションの一階を三協資材印刷株式会社と望月敏一に賃貸していたところ、建替協定書が締結された直後ころから、右二者に対し、本件全体建物の建替えの話があることを話しており、平成五年五月には、同年一一月三〇日に期間満了となる賃貸借契約について更新を拒絶する旨通知した。

もっとも、右二者が番町スカイマンションから立ち退くのか、建替後の建物に再入居するのか等その帰すうは明確には決まっていない。

(三) 原告の建物使用の必要性

原告は、測量・調査、建設コンサルタント、地質調査を主とする会社であるが、不動産の賃貸、販売も行っており、新宿Kビル、五反田Kビル、三番町Kビル、トゥモロープラザビル、仙台ビル等全国に面積にして合計三万七八一一平方メートルに及ぶ貸ビルを有している。

しかし、本件全体建物の所在地は原告の本店所在地に近く、建替図面では、建替後の建物は、二階から五階までの各フロア内に区切りがなく、一社で使用することが予定された計画となっている。

したがって、原告が建替後の建物を使用する必要性の程度は判然としないが、右建物を自ら使用する計画は有しているものと認められる。

(四) 被告の本件建物使用の必要性

被告は、昭和三八年に有限会社として設立され、昭和四一年九月に株式会社となり、昭和四三年一一月以来、本件建物を本店所在地として事業を営んできた。

被告は、各種OA事務機器とその消耗品、付属品の販売、ダイレクトメールの発送を主たる業務としているが、OA事務機器の販売については大手メーカーと代理店契約を締結しているので、千代田区、新宿区、中央区の一部の顧客に対して消耗品を一手に販売している。

消耗品の販売は、注文があると、至急というときは直接配達し、そうでないときは宅配便で届けている。

被告は、本件建物のほか、平成三年初めころから、新宿区北新宿に床面積約一一七平方メートルの事務所を賃料一か月四二、三万円で賃借しており、新宿事業所として使用している。

本件建物内では、約七名程度の従業員が働いており、一方、新宿事業所では、一五名から三〇名くらいのパートの従業員が主に働いている。

しかし、本件建物と新宿事業所との役割分担に関する被告代表者の供述は必ずしも納得できるものではなく(《証拠略》によれば、新宿営業所の入口には「シャープOA機器代理店」との大きな表示があるが、被告代表者は、シャープ関連の製品の集配は全く行っていないと供述する)、本件建物の床面積からしても、本件建物内で行われている業務の具体的態様ははっきりしない。

また、被告は、本件建物から他への移転は企業の存亡にかかわると主張し、被告代表者は、「メーカーとの代理店契約は、現在地に本社があるということで消耗品の配送を請け負っているということから、本社を移転するとはずされるかもしれない」「地番は重要で、地番が変わるとあの会社は潰れるのではないかとの噂が広がって信用がなくなる可能性もある」との供述をするが、その具体的根拠も明確ではない。

(五) 本件全体建物の近隣の貸ビルの状況

本件全体建物の存する地域は、平成二年当時から、事務所用貸ビルや事務所にも使用できるマンションが多い地域である。

しかし、その賃料の動向は、平成三年から平成四年にかけては、麹町・番町の小規模ビル(ワンフロアが二〇坪未満)で二万七〇〇〇円から三万円程度(いずれも一か月、坪当たりの金額である)、小型ビル(ワンフロアが二〇坪以上五〇坪未満)で三万五〇〇〇円程度であり、飯田橋・九段の小規模ビルで二万五〇〇〇円から二万八〇〇〇円程度、小型ビルで三万円前後であった。

もっとも、平成五年初めになると、麹町・番町の小規模ビルで二万三五二三円、小型ビルで二万七七八五円であり、飯田橋・九段の小規模ビルで二万一〇三七円、小型ビルで二万三五三二円であったとの報告もある。

また、平成三年以降、四番町及びその周辺で、一〇坪から一二坪程度の事務所であれば、賃料が二〇万円以下という物件も見られた。

(六) 原、被告間の明渡交渉の経緯

原告が賃貸借契約の更新を拒絶する書面を交付した後、被告に明渡しの意思がないことが確認されたため、原告の担当者の池田は、平成二年九月ころから、被告代表者と明渡しの交渉を始めたが、本件全体建物の老朽化の程度、被告が本件建物からの移転ができない理由をめぐって押問答が続き、被告代表者は、五億円か二億円の立退料を支払うのであれば考えるという返事であった。

平成四年二月、原告は、四〇〇〇万円との立退料を提示したが、被告は、これを拒否した。

同年八月、原告は、本件全体建物に近接する場所にある千代田区二番町の貸室(面積四二・四七平方メートル、賃料一か月一八万五〇〇〇円)と四番町の貸室(面積六〇・九六平方メートル、賃料一か月二七万円)を示し、被告が望む方を賃貸する旨提案したが、被告は、即座にこれも断った。

そのため、原告は、本件訴えを提起するに至った。

4 3で認定した事実によれば、本件全体建物は、構造部分の老朽化という面では明確なものは認められないとしても、安全性に直結する点で現行法規に適合していない点が多く、災害時における居住者、使用者の生命、身体の危険が否定できない。そして、これを改修するためには、建物の内部構造の変更を伴い、多額の費用と多大な時間がかかることが予想され、むしろ、新規にビルを建築した方が費用も安く、工事に要する時間も短縮されるとの意見もある。また、平成元年一〇月以降の地域地区指定に照らすと、本件全体建物では土地の有効利用が図られていないことになり、これらの点から、原告が、番町スカイマンションの区分所有者とともに本件全体建物の建替えを行おうとすることには合理性が認められる。

一方、被告は、本件建物内で昭和四三年以来、OA事務機器の販売等の事業を行っており、客観的には、事業のために本件建物が必須とまではいえないとしても、平成三年の水準でみると、移転に伴う賃料負担の増大、有形無形の不利益は顧慮しないわけにはいかない。

そのほか、平成二年二月の時点では、本件全体建物及び西側の建物の建替計画は具体的には何も進んでいなかったこと、原、被告間の明渡しの交渉も何らされていなかったことを総合すると、右時点では、原告の賃貸借契約の更新拒絶には正当事由が存するとは認めることができず、これを立退料によって補完することもできないというべきである。

5 しかしながら、原告が本件訴えを提起した平成四年一二月の時点でみると、本件全体建物の老朽化は一層進んだことが推測されるうえ、3で認定した事実によれば、本件全体建物及び西側の建物の建替計画については、本件全体建物の他の賃借人の明渡しが得られ、西側の建物は建替えに着手し、建築が進んでおり、一般的な賃料の下降状況があって、他への移転はしやすくなり、原、被告間では明渡しの交渉が続けられたにもかかわらず、被告の側に譲歩の態度が見られなかったのであるから、原告が被告に対し一定の金銭的補償を与えるのであれば、解約申入れの正当事由を補完するものと考えられる。

そして、本件の賃貸借契約の期間、新たな賃貸借のための費用、本店を移転することに要する諸費用、原告が明渡しを急いで得たいためとはいえ、四〇〇〇万円との金額を提示したこともあること、その他本件に顕れた諸般の事情に照らすと、八〇〇万円の立退料が提供されるならば正当事由の補完として十分であり、右の額は、原告が第二次予備的請求で提供を申し出る範囲にあると解される。

6 したがって、本件建物の賃貸借契約は、立退料八〇〇万円が提供されることによって、本件訴状が被告に送達された平成四年一二月一七日から六か月を経過した平成五年六月一七日に終了したというべきである。

三  原告の金銭請求について

原告は、主位的請求において、平成二年一〇月三一日に本件建物の賃貸借契約が終了したことを前提に、同年一一月一日から平成四年一〇月三一日までの約定の損害金(賃料一か月一五万二〇〇〇円の一・五倍)及び諸費用合計五八五万六〇〇〇円からすでに支払を受けた三八万四〇〇〇円を控除した五四七万二〇〇〇円並びにこれに対する本件訴状送達の日の翌日からの商事法定利率による遅延損害金の支払を求めるとともに、本件建物の平成四年一一月時点の賃料の相場は一か月二四万円以上であるとして、同月一日以降である本件訴状送達の日の翌日から本件建物明渡ずみまでは各月の末日ごとに一か月あたり右二四万円の一・五倍の三六万円及び諸費用一万六〇〇〇円合計三七万六〇〇〇円の割合による損害金の支払並びに各翌月一日からの商事法定利率による遅延損害金の支払を求めており、第一次及び第二次の予備的請求においても、同様の金銭請求を維持している。

しかし、先に認定したとおり、本件建物の賃貸借契約が終了したのは、平成五年六月一七日であるから、平成二年一一月一日から平成四年一〇月三一日までの賃貸借契約終了後の約定の損害金及び(損害金と同列の)諸費用の支払を求める請求は理由がないことになる。

また、本件訴状送達の日の翌日である平成四年一二月一八日から平成五年六月一七日までの右と同様の損害金及び諸費用の支払を求める請求が理由がないことは同様であるが、同月一八日以降については、原告の請求は理由がある。

しかし、賃貸借契約終了時の賃料は一五万二〇〇〇円であって、賃料の相場がどうであれ、原、被告間では、賃料増額はなかったのであるから、損害金は一五万二〇〇〇円を基礎に算出すべきである。

そうすると、原告が請求しうる金額は、一か月二四万四〇〇〇円となり、右を超える金額の請求は理由がない。

四  右によれば、原告の主位的請求及び第一次予備的請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、第二次予備的請求は、原告から八〇〇万円の支払を受けるのと引換えの本件建物の明渡し及び平成五年六月一八日からの一か月二四万四〇〇〇円(と遅延損害金)の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとして(原告は仮執行宣言を申し立てるところ、事業の内容等に鑑み、相当でないので、これを付さない)、主文のとおり判決する。

(裁判官 江口とし子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例